nk2367nkの日記

覚え書きです。

今日のコラム

☆12月4日「血清療法の日
1890(明治23)年のこの日、北里柴三郎とエミール・ベーリングが、破傷風ジフテリアの血清療法を発見したことから。

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


12月4日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

事あるたびに

私は、世の中というものは刻々と変化していき、進歩発展していくものだという見方を根本的に持っています。何か事あるたびに、この世の中はだんだんよくなっていくと思っているのです。

あの誤った戦争をして、あれほどの痛手を被ったにもかかわらず、今日のように繁栄の姿になっているのは、どういう問題が起ころうとも、世の中は一刻一刻進歩発展していくものだということを表わしている一例ではないでしようか。あの戦争があってよかったとは決して思いませんが、しかしどういう事があった場合でも、お互いのあり方次第で、それが進展に結びつく一つの素因になるのではないかと思います。
 
 
【コラム】筆洗

2014年12月3日東京新聞TOKYOWeb
 
夏目漱石が「三四郎」の中で三代目の柳家小さん(一八五七~一九三〇)についてこう書いている。「天才である。あんな芸術家はめったに出るものじゃない。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はしあわせである」

▼小さんにはこんな逸話があったという。寄席がはねた後、客が殺到して下足番が往生するのを心配し、ある日、一計を図った

▼最初はボソボソと、つまらなく語る。一部の客は面白くないと、席を立つ。その後しばらくは大いに笑わせた上で、再び口調をたるませる。ここでまた客が帰る。その後は力を込めて演じる。残った客は最後まで帰らない。話芸で客の足さえ操る「三段がえし」の伝説である

▼総選挙が公示された。心配なのは投票率である。有権者には関心を保ちにくい展開かもしれぬ。忙しい年の瀬。政権与党が九十近く議席を減らしても「勝った」と強弁できる構図。大きな変化は望めぬとつい思い込んでしまう方もいるか

▼早合点である。選挙では「三段がえし」に引っ掛かってはならない。結果は分からないものだし、問われているのは安倍政治そのものである。国の方向性を判断する最大にして唯一の機会を逃す手はあるまい

漱石にならえば、どんな選挙でも「時を同じゅうしている我々」の責任と心得るべきだろう。投票せず席を立ち「つまらなかった」とは言ってはならない。


☆今朝は雨です。今日は父の命日です。亡くなった日も寒かったです、思い出しました。
今日も皆様にとって良い一日で有りますように。☆